電車の扉に手を挟む

といっても自身のことではない。

今日の帰りの電車で起きたことだ。地下鉄に乗っていてとある駅に電車が停まり、幾らかの人が乗り込んできて出発しようとした時のことだ。多分歳は30台半ばだろうか、男性二人と女性一人の三人の酔っ払いグループが閉まる扉めがけて駆けてきた。もう乗車は間に合わないと判断したのだろう三人は乗り込むのを諦めたように見えたのだが、その中の男性一人が何を思ったのか、片手の手のひらを出してわざと閉まる電車の扉に手を挟んだのだ。わざとというのは明らかに閉まる扉の前で一時停止し、頃合いを見計らって手を出したのもそうだし、何より表情がそれを物語っていた。僕は青ざめてどうしようかと思った。扉を強引にでも開かないと手を引っ張られて大変なことになってしまうからだ。けれど、手を挟んだ男性は何事もない様に力ずくで手を引いて扉から抜き出した後、笑っていた。僕はホッとしたのだけど、ちょうど僕の前にいた乗客の口元は笑っていた。その笑顔がどうも忘れられない。どう考えてもおかしいと思う。どう考えても目の前で起きたことがジョークだとは思えない。それとも、その乗客の笑みは冷笑だったのだろうか。手をわざと挟んだ男性しか目に入らなければ多分こんなことを書かないだろうけど、それを見ていた乗客の口元を見てしまったがゆえに、脳裏に強く焼き付いてしまった。

 思えば、僕はこういう何かが起こった時にそれを見ている他の人物を注視することがよくある気がする。極端な例を出すと、葬式で自分以外の参列者はどんな顔をしているかといった具合だ。そして、何故かその表情をよく覚えている。そんな事をしている(かなり明確に覚えている)自分をちょっと信じられないと思うことがある。それでも僕は見てしまう。